JUGEMテーマ:双極性障害2型

 

ブログを書くのがかなり久しぶりになってしまいました。

これまでは、だいぶ過去のことを振り返って書いていましたが、今日はわりと最近〜現在のことを書こうと思います。

 

私はこれまで約1年間、双極性障害2型と共に暮らしながら、夫婦で不妊治療(妊活)をしてきました。

そしていま、やっと陽性反応が出たという段階です。

実は2年前に一度流産を経験しているので、今回も現段階ではまだ喜べないのですが・・・。

とりあえずまず一歩進んだということで、妊活中のことを振り返ってみようという気になりました。

とても個人的な話になりますが、ご興味のあるかたは少しお付き合いください。

 

 

私は34歳のとき、婚活で夫と知り合い結婚したのですが、結婚前から「双極性障害2型という病気なので、子育てする自信がない。産むとしても一人が限界だと思っている」と伝えていました。

ですが、夫と過ごすうちに、どんどん精神的に安定していき穏やかな日々を過ごせるようになっていたため、「もしかしたらこの人となら育てられるかも・・・」と思えるようになってきていました。

そんなフワフワした幸せな気持ちのうちの妊娠。

不安も少しはありましたが、夫がものすごく喜んでくれて、素直に「嬉しい」という感情が湧きました。

そのうちつわりが始まり、職場にも相談して、出勤時間をずらしたり休んだりもしました。

 

でも、9週目で流産。

その時期の流産は、ほとんど染色体異常で仕方のないことだと聞いていたので、自分を責めることはなかったのですが、やっぱりじわじわと堪えました。

以前と変わらない生活に戻ったものの、幸せの絶頂から、少しずつ二人の生活に翳りが見えるように感じて・・・。

それに、職場に戻ってみたら、以前の自分のポジションが他の人に変わっていたり、「休んだ分、取り返さなきゃ」と焦ったりして、ストレスが増えていきました。

 

精神科では、毎回「まぁまぁ安定しています」と言いつつ愚痴をこぼし、薬が増えていきました。

でも、昔からお世話になっている主治医の先生は、常に次の妊娠のことを考えて薬を処方してくれていたんですよね。

それがすごくありがたかったです。

 

それからしばらくは、先延ばししていた結婚式をしたり、私の体に異変があって手術をしたり、バタバタと過ごすうちにあっという間に月日が経っていました。

流産から一年、私は36才になっていました。

子どもを持つということに対して、気持ちは揺れていましたが、もう時間もない・・・。

 

「不妊治療しようか」

私は夫に提案しました。

夫はすぐに同意して、安心したようでした。

子供好きの夫も、私に気を使いつつ、先の見えない不安に悩んでいたのかもしれません。

なにか課題があったら、うやむやにせず一緒に話し合い、行動してクリアしていく。

それがたぶん、私たち二人らしいやり方なのだと感じます。

 

そこから、生活が大きく変わっていきました。

長くなってしまうので、また今度、続きを書きたいと思います。

 

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病気のどん底から再起していく過程では、病気が悪化していったときと同じくらい、周囲とのズレで葛藤することも多々ありました。

私は病気が一番きつかったとき、同じ病気の人との交流をはじめたり、仕事や恋愛が上手くいっていない友人と仲を深め合ったりしていました。落ち込んでいたその頃の自分にとって、前向きに人生を歩んでいる人と会うのがとても辛く、どこか後ろ向きになっている人と共感し合うほうが、居心地が良かったのだと思います。お互いの傷を慰めあえる相手がいることで心が安らぎ、本当に助けられていました。

けれど、病気がだんだんと落ち着きまた社会復帰していく過程では、気分が上向きになり、これまで自分がされて辛いと感じていたはずのポジティブな言葉やアドバイスを、相手にしようとしてしまうことが増えていきました。

その時の私の中では、図々しいことですが、これまで支えてもらった分、今度は自分にできることをお返ししたいという気持ちだったのです。けれど、時にその行動の仕方が間違った方向に働くこともあったのかもしれません。結果的に意識のズレが互いのストレスとなり、相手から距離を置かれたり、逆にこちらから距離を置いたりといったことが出てきました。

もちろん、相談にのってアドバイスをし合うというのは、精神的に健康な人どおしなら、時々はあることではないかと思います。ただ病気が酷い頃の私は、常に後ろ向きで弱音ばかり吐いていたので、そこからの変化は、相手からすると違和感があったはずです。それに、気分の波が小さくなっていたものの、その間に軽躁状態があったのではないかとも思っています。新しい環境に慣れるまでの緊張感や高揚感も確かにあったので。

(数年経った今振り返ってみても、やはり軽躁も混じりつつ、全体的には回復に向かっていたようです。自尊心が極端に低下した状態から、出来ることを積み重ねていけたことにより、また生きる自信を取り戻すことができましたし、薬の量もかなり減っていました。)

とにかく、これまでの環境でのズレが大きくなるにつれて、人間関係もまた変化していきました。一部の友人とは関係が崩れてしまいましたが、病気が酷くなる前に親しくしていた友人たちと再び会うようになりました。また、同じ病気で薬で調整しながら社会生活を送れている人との交流もあり、話を聞くことで励みになりました。さらに結婚をきっかけに、家族との関係も良好になっていきましたし、仕事先ではたまに人付き合いに悩むことはあるものの、信頼して任されることも増えてきました。

でも、そんな風に良い循環が出来てきたものの、やっぱり今でも離れていってしまった友人のことを思うと、胸が苦しくなります。どんなときでも思い合えるような友情を築けていない自分にガッカリしますし、虚しい気持ちにもなります。こういったエピソードは、病気の面だけでなく、私個人の性格によるものも大きいのかもしれません。

これらの経験から感じたことは、まだまだ私は自分のことだけで精一杯で、相手を支えたり励ましたりできるところまでの余裕は持てていないということです。病気を経験した分、人に優しくなれたかもしれないなどと考えてもいたけれど、現実の私にはまだ難しいようです。そう簡単に上手くはいかないなぁと思います。

けれど、人生はまだこれから。自分を大切にして躁鬱をコントロールしつつ、少しずつでも周りの人と関わりながら、幸せな日々を過ごしていきたいと思っています。そして、できる範囲で相手を思いやれる人間でありたい。あまり気負わず、でも諦めず、希望を持って生活していきたいというのが、今の気持ちです。

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双極性障害2型になって、一番苦しめられたのは焦燥感でした。

社会人になってから、私は周りに上手く適応できず、何度も転職して疲れ切っていました。早く自分の道を見つけたいと思えば思うほど、どうしたら良いのかわからなくなって。ジッとしていても、ジタバタしても、時間が過ぎていくこと…。それが怖くて怖くて仕方ありませんでした。

周りの人はどんどん自分の道を見つけてキャリアを積んだり、結婚して子育てに突入したりしている時期。それなのに、私は一体なにしてるんだろう…。こんなに悩んで頑張っているのに、他の人のように上手くいかないと思い詰め、本当に苦しい日々が続きました。

でも今は、その時に比べてだいぶ焦らなくなったように思います。なぜなら、双極性障害2型のことを知って、焦燥感も症状の一つだと学んだからです。

年齢的なことなど焦る理由はあるにせよ、私の焦り方があまりに極端すぎるのは、きっと病気のせい。焦っても良いことはないのだから、まずは落ち着こう、と何度も自分に言い聞かせました。

そこから長い時間をかけて、少しずつ少しずつマイナスからゼロに戻し、出来ることを増やしていきました。マイナス=仕事も、お金も、友達も、自信も、周りの信用も、生きる気力もなくなってしまった状態。そこからの再スタートです。

とても辛かったけれど、一度完全にいろんなことを諦めて、病気について学びながら自分を見つめ直せたのは、これからの人生にとって必要なことでした。

例えば私の場合、周りと比べて体力がないことが一つ焦る要因になっていたのですが、みんなが週5日働いているからといって、同じようにする必要はないと割り切りました。

そのときの状態で出来る日数だけ働く代わりに、趣味に使うお金や服飾類を節約したり、住まいや食事や一時的な生活費を家族に頼ったり…。結局その方が長く仕事を続けられる分、すぐ辞めてマイナスに戻るよりマシだと気づいたのです。

そして、ちょっとしたことでもプラスと捉えることが出来るようになったのが、私にとって大きな学びでした。具体的には、料理をして家族に「美味しい」と言ってもらえたり、一週間仕事を休まず行けるようになったり…。そういうことを当たり前だと思わず、きちんと喜んで自分を褒めるようにしていました。

また、目移りしすぎて決断できない性格も、物事が進まず焦る要因となっていたのですが、割り切って選択肢を狭めた分、その中で工夫して楽しみを見つけられるようになりました。

例えば、服飾類はバーゲンと古着とファストファッション以外では一切買わないように決めたら、それだけで迷ってしまうストレスから解放されました。仕事も同じで、その時に一番必要なこと(勤務日数、仕事内容など)を決めて、その環境で働けることをありがたいと感じるようにしたら、気持ちに余裕が生まれて続けられるようになりました。

やがて、そういった生活の積み重ねが生きていく自信となり、次に進む力をくれると共に、落ち込んだときにも心の支えになっていきました。もちろん、積み重ねたものがガラガラと崩れていくような感覚に陥ることも多々ありましたが、俯瞰して見れば、それでも数ミリは何かが残り、ほんの少しずつ生活が以前よりマシになっていました。

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「どうしてもネガティヴなことばかり話したくなってしまうときは、なるべく最近のことを選んで話すようにすると良いですよ。あんまり昔のことだと、相手が重く感じることもあるから」

これは、私が引きこもりから少し抜け出し、ようやく人と会いはじめた時期に、主治医から言われたアドバイスです。

その頃の私はまだ、精神的に不安定で、子どもの頃から最近に至るまで、どの時期を振り返っても悪く考えてしまうところがありました。例えば、「両親の教育が間違っていたから、私は今こんなひねくれた性格になってしまったんだ」とか、「8年前、友達からあんなこと言われたけど、ほんとバカにしてる!」とか。

今考えると酷いものだと思います。私の両親は、いつも子どものことをよく考え、愛情を注いでくれていました。友達に関しても、相手は悪気なく言っただけで、私が何年も経ってから思い出してイライラしてるなんて、きっと思いもよらないでしょう。

でも、当時はとにかくネガティヴな言葉で理屈をつけて、悪い方悪い方へと心の中を真っ黒に埋め尽くしてしまう傾向がありました。以前より人に会うようになってきたのは良いものの、まだ楽しい話をする余裕がなく、重苦しい話ばかりが溢れ出てしまっていたのです。

そんな会話をしてしまった後は、決まって自己嫌悪に陥りました。相手はどう思ったんだろうとも不安になり、ひたすら落ち込む日々。それでも人に会いたくて、話したくて…。そういうアンバランスな時期でした。だからこそ、主治医のアドバイスは、私の心に響いたのです。とても具体的で、実践してみよう!という気になれました。

“病気”と“普通”の間には、大きく険しい壁が立ちふさがっていて、もう向こう側には行けない気がしていました。でも、コツを掴んで練習すれば、また行ける日が来るかもしれない。気休めの言葉ではないのが伝わったので、まだ希望があるんだと思えて嬉しかったし、先生ってやっぱりプロだな!と感動しました。

それからしばらく、私はこの事を心がけて人と会話するようにしました。「最近どう?私はこんなことがあってさ。」こんな具合に。月日が経つうちに、その心がけもだんだん忘れてしまったのですが、その頃にはもう重くるしい気持ちは消えて、普通の会話ができるようになってきました。

 

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双極性障害二型になって、周りの人にカミングアウトをするかどうか、悩む人も多いと思います。 また、カミングアウトすると決めた場合でも、どんな風に話せば良いか悩むことがあるかもしれません。

私の場合、今はもう最悪の時期からだいぶ時間が経ち、わりと寛解に近い状態にあるため、あまり重くならずに済んでいます。 そして必要とあれば、簡単に話すことも。 「ちょっと精神的に崩しちゃったときがあって、今も病院に行ってるんだ。予防のために薬飲んでて…」といった感じで話します。

ただ、病名を話すのは少し抵抗があるのが正直なところです。 躁鬱って、なにかクレイジーなイメージがある気がするから、よく知らないと引かれちゃうかなと思ってしまうのです。 ですから、具体的な話までするのは、本当に必要なときだけです。

最近では(と言っても3年も前)、これからお付き合いしたい人にカミングアウトしました。 結婚を前提としてスタートしたばかりでしたので、それはとても勇気のいることでした。話の内容に抵抗感を持たれたら、すぐに振られてしまうかもしれない。そこまでではなくても、話し方によって、だいぶ私の印象が変わるだろう。誤魔化したくないし、誤解はさせたくない…

そこで、どう話すのか考えに考え、内容や声のトーンなど、鏡を見ながら何度もシミュレーションしました。おかげで当日は、落ち着いて淡々と話すことができ、相手の反応を見て、それなりに真っ直ぐ伝えることができたように感じました。後日、このブログも見てもらい、読んでほしい本も紹介しましたが、淡々と受け止め、理解しようとしてくれたと思います。


そして、私は彼と結婚しました。
婚活や結婚と病気の関係については、また改めて今度(気が向いたときに)書きたいと思っています。


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今の私は、なにもできなくなった所から、週3日、週5日と仕事を増やし、それなりに普通の生活ができるようになってしばらく経ちます。とても喜ばしい事ですが、以前よりも波が少ないので、自分の状態を自覚しずらくなります。また、調子が悪くなった時に認めたくないと思い、無理をしてしまうこともあります。

病院の診察で、自分の状態を上手く報告できない日もあります。悩みがあっても、病気のせいなのか、気の持ちようなのか、判断がつかないのです。

普通の人だって、ストレスと共に生活しているのだから、病気を理由に甘えたくないとも考えます。ある程度、病気を意識して気をつけるのは大切ですが、全ての事に対して病気を言い訳にしてしまうことにも抵抗があるのです。

そんな時も、やはり自分を俯瞰してみることが大切です。周囲の人にも相談して、早めの対処をしつつ、溜め込まないのが一番なのですが、なかなか難しいなぁと感じます。


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双極性障害二型について調べてみると、混合状態という言葉をよく見かけます。ですが、私はいまだに、これに関してはよく理解できていません。しいて言えば、イライラと怒りが吹き出すような気持ち(軽躁状態)と、自分を責めて暗くなる気持ち(鬱状態)が一緒にやってくることがあります。これが混合状態の一つなのかもしれません。

もう少し振り返ってみると、変わりやすいお天気と似ているような気がします。晴れているかと思ったら、もくもくと曇り空が現れて、太陽の光が隠れたりまた差したり。激しい通り雨の後、また晴れたけれど、湿気も多くて地面も濡れていて、空気がジメジメしていたり。そんな風に、一日のうちにどんどん変化します。

気分の波は誰にもあることですが、この目まぐるしさが特徴なんだと思います。しょっちゅう変わって安定しないと、それにまた心が振り回されてしまいます。単に、晴れ、曇り、雨、と一言で表せないお天気(=気分)です。


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病前から趣味を多く持っていたことはラッキーでした。病気になってしばらくは、仕事をしていないのに趣味があることに罪悪感がありました。でも、苦しい中でも息抜きとなっており、やっぱり助けられていたと思います。本当に鬱が酷いときは、楽しむ気力もなくなるのが普通だから、なんだかんだ言っても私は軽度なのかもしれませんが。

SNSでの交流の中では、病気のことだけでなく、趣味について話すことも多くありました。なぜか皆、深刻なほど暗いものを抱えている反面、すごく情報に詳しくてアクティブな面がありました。病気なんて嘘みたいだとよく思いましたが、この病気になりやすい人の特徴として、好奇心旺盛で多趣味、行動的で落ち着かない面があるという指摘に、みごとに当てはまっているようにも感じていました。似たもの同士(と勝手に思っていた)の人たちの事を魅力的に感じたことで、自分を振り返ったときに肯定的に捉えることができました。

また好きなファッションや音楽、映画、美術、アイドルなど、知らないけど面白い事がまだまだあるんだというイメージを捨てなかった事から、また元気になりたいと思うようになりました。お金を稼いで、もっともっと世の中を楽しみたい、と。

初期には、それができずにいる自分を苦しく思う事ばかりでしたが、体調が改善するにつれ、希望へと変わっていきました。


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誰にでも言えることかもしれませんが、生活のリズムを規則正しくすることは、病気を良くするポイントとして一番大切なことだと思います。

決まった時間に寝て、起きること。

でも、病気で苦しんでいた時には、全然できませんでした。夜は悩みをぐるぐると考えてしまい眠れない。朝は、倦怠感がすごく、仕事にも行きたくなくて起きれない。さらに、仕事を辞めてしまったことで、起きようとする事を辞めてしまう。

過眠や過食の症状が進みました。そして、昼まで寝てしまった分、何かを取り返したいという焦りで、また寝る時間になっても起きてそわそわしてしまう・・・。そんな感じでした。

これじゃだめだと思っても、どうしても直すことができませんでした。主治医にいつも正直に報告しては、「寝すぎないように」と注意を受けて凹みました。なぜ寝すぎてはいけないかというと、眠りが浅くなってしまうからだそうです。

発病から数年して、心がけが少しずつ実行できるようになりました。
どうしてできるようになったのか?

まずはできるだけ寝る時間を守るようにした事が良かったと思います。朝起きる事はどうしてもできず、寝る時間を守ることのほうが、私にはまだ簡単だったからです。もっとさかのぼると、できるだけ昼は出かけるようにしていました。動けるなら体を動かすほうが、気分転換にもなるし、寝つきが良くなると思います。

症状が少しずつ良くなったからできたことかもしれないし、眠りを正しくしたから症状が良くなったのかもしれない。こうだからこう、という事ではなく、できることから少しずつ増やしていけば、できない事も前よりはできるようになっていたように思います。

そこから週三日バイトをはじめました。起きれるか心配だったけど、辞めた頃よりは起きれるようになっていたから、なんとかなるという自信も生まれていました。最初は仕事の内容よりも、起きて行くことだけを目標にしました。結果として、起きて通うことが出来、体調もは前よりも良くなっていきました。


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自分の状態を把握するのは難しいのですが、 個人的には小さな波と大きな波があるように思います。
小さな波は、時間や日にち単位で感じる波。大きな波は、季節に反応する波。

具体的には、春に上向きになり、梅雨は雨の影響で不安定、夏に最高潮に達し、楽しいピークのあと、イライラがやってきます。
だんだん下がって、冬は鬱で心が暗くなります。人と関わるのが億劫になったり卑屈になり、布団にこもります。

季節に反応するのは、日光とセロトニンの関係と聞きます。冬はできるだけ日の光を浴びることが大切と言われますが、寒いのと眠いのでなかなかできません。

日の光が少ない北欧に住む人たちの中には、うつ病になる人がとても多いそうです。本当かはわからないけど、そういう時は南にバカンスに行って、陽の光をいっぱい浴びてくると聞きました。面白い発想だなと思い、いつか自分も試してみたいと思っています。


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診断が出ずに苦しんでいた当時、私は心の底から孤独でした。付き合っている人はいましたが、病院に行く事を反対され、気持ちの問題だと言われて、理解してもらえませんでした。

友人も、社会人になってからは会う機会が減ってしまっていましたが、ちゃんといました。けれど、生き生きと前に進んでいる(ように見える)友人に会おうとする時、私という存在は重すぎてつまらないだろうと思い、自ら避けるようになっていきました。たまに会う約束をしても、気が重くなって体調を崩し、ドタキャンするようになりました。


診断名が出て、ようやく気持ちが落ち着き、本を参考に自分のことを振り返るようになりました。

そして、同じ病気の人が集うsnsにたどり着きましました。今は、同じような境遇の方と、簡単に知り合える機会が増えて、本当に便利だと思います。SNSで日記のやりとりで共感し合えたことは、一番の助けになりました。


日々、なんとなく過ごしては自己嫌悪に陥る中にも、振り返ると少しだけ喜びや楽しみなど、なにかを発見することができます。また、自分の波も、日記を書くことで、客観的に知ることができました。なにより、コメントしあえる時間が、孤独な心を温めました。


また、家族の近くに引っ越してからは、夕飯の準備をまかされることが多くなり、だんだんと料理の腕が上がってきたのが自信になりました。日々の食事の内容も、一人の時より改善されていきました。

家族の中で食事をしていると、仕事や友人との交流についての話が沢山出てきて、その度に苦しくなりました。みんなが笑っていても、辛いと内心思っていたり、トイレに隠れて泣いたりと、本当にひねくれた気持ちで聞くことが多かったのです。

でも、そうやって外の世界の話を聞いて辛うじて社会と断絶せずにいられたことが、自分がまた外に出て行く時に、随分と助けられ、参考になったと思います。だから、私に気を使い過ぎず変わらず接してくれた家族には感謝しています。


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双極性障害二型の治療に薬は欠かせません。薬は波を安定させるものを飲みます。

双極性障害は鬱病と誤診されることも多いと言われていますが、そこで気分を高める薬を飲むと、波が大きくなって悪化してしまいます。ですから、鬱病と診断されても躁状態があったという自覚があれば、少し慎重になることも必要かもしれません。


精神的な病気で薬を飲むということに、抵抗感を持つ方も多いと思います。実際、私も病院に行ってもしばらくの間は拒否していました。ですが、本当に辛くて薬を飲むことに決めたとき、その効果に助けられました。

少し気持ちがラクになれば、そこから身体が動くようになって、仕事や人間関係のダメージを最小限に抑えられる可能性も生まれてきます。逆に飲まずに落ち続けて、仕事に行けずにクビになってしまったり、修復不可能なほど周り人から嫌われてしまったり、家賃が払えなくて住む場所がなくなるなど、普通の生活を取り戻すことが困難になることもあるのです。

薬を沢山飲みすぎて、副作用で大変な目に合う方もいると聞きます。信用できなければ、他の病院を探すと良いのではないかと思います。薬は悪だと決めつける方もいるようですが、私は自分の体験から、それは違うと思います。


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双極性障害2型の軽躁状態は、なかなか自覚しにくいです。なぜなら、1型の躁状態とは違い、大きな問題行動を起こすほどでないからです。でも、長期的に見て、病識を持つ事は良くなるためにとても大切です。ほどほどにしておかないと、波が大きくなり、そのぶん後でくる鬱が辛くなるからです。

特徴をあげてみると、鬱の時とは一変して、体が軽くなって活動的になったり、アイデアがどんどん湧いてきて、無口だったのが多弁になります。とても楽しい面もありますが、ちょっとしたことでイライラしてキレやすくなります。

私は調子の悪いとき、自分の考えは合っている!と主張して、付き合っている人と喧嘩ばかりしていました。喧嘩することくらい誰でもあることなのかもしれませんが、冷静に話し合ったり感情を抑えることができず、物を投げたりしてしまい、やっぱりそれまでの自分とは違いました。友達や家族に対しても、ちょっとしたことを思い出しては、イライラしたり自己嫌悪に陥ってはよく泣きました。(このあたりは混合状態だったのかも)

人によっては散財したり、異性への興味が高まるといった事もあるようですが、私はそういった衝動はあまりありません。たまにバーゲンで買いすぎたり、お腹がいっぱいなのにケーキを頼んでしまう事がある程度です。主治医からも特に注意を受けておらず、生活を楽しんでいることを尊重してもらえている気がします。イライラの時だけ、辛いです。

軽躁のサインは、気が高ぶって眠れなくなったときかもしれません。他にも人によって、気づくサインがあると思います。自分はもちろん、周りの人も、そんな兆候が出たら、主治医に報告したり、気をつけてみると良いかもしれません。


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双極性障害2型は、正しく診断するのが難しいと言われています。大抵、鬱っぽいときに初めて病院に行く人が多く、調子の良い時の報告はしないため、単極性の鬱病に間違えられるのだそうです。


私は、今の病院で正しく診断され落ち着くまで、6軒の病院をまわりました。その経験からも、診断が付きづらいということを実感しています。

最初の二軒は、泣きながら駆け込んだため、予約なしでなんとか診てもらったのですが、私はまだ薬を飲むことに抵抗があり、やんわりと断られました。

三軒目は、興奮して涙を流していたら、「うちは働いている人の保健室というコンセプトでやっているので重すぎて見きれない」と言われ、大学病院の紹介状を渡されました。

四軒目に行った大学病院は、長時間待たされてようやく診察室に入ったら、「どうしてそんなに軽いのにここに来たの?」と怒られました。びっくりして、ドアを閉めたとたん涙が溢れて止まらなかったことを覚えています。

五軒目に行った先は、本をたくさん出版している先生がいる病院でした。精神科には珍しく、すぐ予約がとれました。けれど、行くたびに先生がコロコロ変わり、診断も何の病気だかわかりませんでした。不信感でいっぱいでしたが、とにかく苦しくて仕事ができない状態だったため、傷病手当の証明書を書いてもらうためだけに通っていました。

六軒目は、非定型うつ病で有名な病院でした。あらかじめ記入する問診票の項目が多く、丁寧に話を聞いてくださいましたが、結果は非定型うつ病ではないということした。代わりに、対人恐怖症の特徴が強く出ている事を指摘されました。良い病院なのだろうと思いましたが、都心で敷居が高い雰囲気が自分に合わない気がして、モヤモヤしたまま五軒目に通い続けました。

ある日、このままじゃやっぱりダメだと思い立ち、七軒目に電話して予約を入れたのが今の病院です。一ヶ月で良い状態の日と悪い状態の日があること、これまでの病院で重すぎると言われたのに次の病院で軽すぎると言われたことなどを話しました。先生のほうからは、数年単位で眠らなくても活動的だった時期はないかなど質問を受けたと記憶しています。

双極性障害二型ですねと言われて説明された時、病名は知らなかったけど、心底ホッとしました。その病院にはもう四年以上通っています。

その病名を元に、本を探して読んだり、snsで同病の人たちと知り合い交流する日々がはじまりました。


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双極性障害2型は、軽躁と鬱を繰り返す病気と言われています。自分でも、他人から見ても、気まぐれと捉えられてわかりづらいのですが、実際には日常生活に支障が出るほど気分の波が普通ではなく、単に気持ちの持ちようだけでは解決できない"脳の病気"です。

1型ほど波が激しくないので問題は少ないように思えますが、長期的に見ると、例えば仕事をバリバリやれる日とできない日があってサボっていると思われたり、張り切って計画を立ててもその日になるとできなかったりして、少しずつ周囲の人の信用を失っていく事が多いと言われています。またその繰り返しから、転職や離婚に至るケースも多々あり、だんだんと生活水準が下がって自尊心が失われていく辛さがあります。

具体的な症状としては、過眠、過食、過敏、焦燥感、倦怠感などがあります。

治療には薬が欠かせません。安定剤を飲みながら、常に自分の状態を客観視し、コントロールしながらできるだけ波を少なくすれば、そこそこ穏やかな日々を過ごす事ができています。病院にきちんと通って、主治医に報告したり、アドバイスをいただく事も、とても大切です。


※このブログは私の経験から感じたことと、本や病院で学んだ事などを元に書いていますので、双極性障害二型の方と全てが当てはまる訳ではないかもしれません。でも、誰かの役に立つことがあればいいなという気持ち、それから自分のために、書いてみようと思います。


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    yuki

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